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【World Topics】ナンシー・リーガン女史逝く

公開日時 2016/05/18 03:50

第40 代米国大統領ロナルド・リーガン夫人のナンシー女史が 逝った。スタイリッシュなファースト・レディとして世界中に知られたナンシーさんであるが、米国では医療・介護問題への多大な貢献を果たした社会活動家として、 私生活では元大統領の献身的な介護者として 知られ、尊敬されてきた。

リーガン大統領が「公開書簡」という形で、自身のアルツハイマー病の確定診断を広く米国民に公表したのは1994年であった。当時は、米国でもまだ認知症への認知度も理解も低く、患者や家族がアルツハイマー病であることを公表し、病状をオープンに語るような環境はまったく整っていなかった。

リーガン夫妻は、元大統領の病気を敢えて公開することで、アルツハイマー病への世間一般の認識・理解を深め、誤った通念や誤解に基づく偏見や差別を払拭し、さらに基礎研究や臨床治療の進展に寄与することを期待して公表に踏み切ったもの。当時も、今も、勇気ある行動として評価されている。

米国アルツハイマー協会はナンシーさんの逝去を悼むプレスリリースに「ナンシーさんのおかげで、米国では、数百万・数千万という人々が初めて、自身の病気について、また介護している家族についてこだわりなく語れるようになった。その功績はきわめて大きい」と記し、ナンシーさんを惜しんだ。

http://www.alz.org/news_and_events_103093.asp

1995年に米国アルツハイマー協会と協力してリーガン図書館を設立したのを皮切りに、ナンシー女史は、まだタブーの感のあったアルツハイマー病に関する啓発、研究開発の進展、そのための資金調達などのため、最晩年まで、数多くの講演をこなし、ワシントンDCに自ら足を運んでの陳情を続けた。

また勉強家として知られ、 学会の最新動向にも常に真摯な関心を向けていた。特に、2000年代の早い時期からステムセルを用いたアルツハイマー病の治療法の開発に注目しており、 2004年にはJuvenile Diabetes Research Foundationでの受賞記念スピーチの機会をとらえてステムセル研究の重要性に言及。その後の連邦規模での研究開発体制の構築に際し、ロビーイングにおいても、資金調達においても多大な貢献を果たしたことが高く評価されている。(医療ジャーナリスト 西村由美子)

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